らない。此間の新聞に、日本には始めての登山電車で瑞西《スヰツル》の登山鉄道に乗つてゐるやうな感じがするとか云つて、出てゐましたのよ。」
美奈子には、優しい母だつた。
「さうですね。でも、荷物なんかが邪魔ぢやない?」
「荷物は、このまま自動車で届けさへすればいいわ。特等室へ乗れば自動車よりも、楽だと思ひますわ。」
「さうね。ぢや、乗り換へて見ませうか。青木さんは、無論御賛成でせうね。」
瑠璃子は、青年の顔を見て、皮肉に笑つた。青年は、黙つて苦笑した。が、チラリと美奈子の顔を見た眼には美奈子の少女らしい優しい好意に対する感謝の情が、歴々《あり/\》と動いてゐた。
二
富士屋ホテルの華麗な家庭部屋の一つの裡で、美奈子達の避暑地生活は始まつた。
『暮したし木賀《きが》底倉《そこくら》に夏三月』それは昔の人々の、夏の箱根に対する憧憬《あこがれ》であつた。関所は廃れ、街道には草蒸し、交通の要衝としての箱根には、昔の面影はなかつたけれども、温泉《いでゆ》は滾々《こん/\》として湧いて尽きなかつた。青葉に掩はれた谿壑《けいがく》から吹き起る涼風は、昔ながらに水の如き冷たさを帯
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