うな残酷なことはなさるまいとは思ひますけれども、念のためにお願して置くのです。いやどうもお邪魔しました。」
夫人の顔が、遉《さすが》に蒼白に転ずるのを尻目にかけながら、信一郎は、素早く部屋を出ようとした[#「出ようとした」は底本では「出ようした」]。が、それを見ると、夫人は屹となつて呼び止めた。
「渥美さん! お待ちなさい!」
その凜とした声には、女王のやうな威厳が備はつてゐた。
「貴君《あなた》は、自分の仰しやることさへ仰しやつてしまへば、それでお帰りになつてもいゝとお考へになるのですか。貴君が、妾《わたくし》に御用事がある中は、貴君《あなた》に帰る権利が、妾《わたくし》になかつたやうに、妾《わたくし》が貴君に申上げることが残つてゐる以上|貴君《あなた》はお帰りになる権利はありません。妾《わたくし》は一言|丈《だけ》貴君《あなた》に申上げることが残つてゐます。」
美しい眉は吊り上り、黒い眸は、血走つてゐた。信一郎を、屹と見詰めて立つてゐる姿は、『怒れる天女』と云つたやうな、美しさと神々しさとがあつた。
「貴君《あなた》は、今青木さんの遺言とやらを、長々しく仰しやいましたが、それ
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