思議に同乗者の名前は、各新聞とも洩してゐた。信一郎は結局それを気安いことに思つた。
 信一郎が、静子を伴つて帰京した翌日に、青木家の葬儀は青山の斎場で、執り行はれることになつてゐた。
 信一郎は、自分が青年の最期を介抱した当人であると云ふ事を、名乗つて出るやうな心持は、少しもなかつた。が、自分の手を枕にしながら、息を引き取つた青年が、傷ましかつた。他人でないやうな気がした。十年の友達であるやうな気がした。その人の面影を偲ぶと、何となくなつかしい涙ぐましい気がした。
 遺族の人々とは、縁もゆかり[#「ゆかり」に傍点]もなかつた。が、弔はれてゐる人とは、可なり強い因縁が、纏はつてゐるやうに思つた。彼は、心からその葬ひの席に、列りたいと思つた。
 が、その上、もう一つ是非とも、列るべき必要があつた。青年の葬儀である以上、姉も妹も、瑠璃子と呼ばるゝ女性も、返すべき時計の真の持主も、(もしあれば)青年の恋人も、みんな列つてゐるのに違《ちがひ》ない。青年に、由縁《ゆかり》のある人を物色すれば、時計を返すべき持主も、案外容易に、見当が付くに違《ちがひ》ない。否、少くとも瑠璃子と云ふ女|丈《だけ》は、
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