[#ここで字下げ終わり]
[#地から1字上げ]瑠璃子』

 手紙の文句を読んでゐる中《うち》に、瑠璃子夫人の怪《あや》しきまでに、美しい記憶が、殺されそこなつた蛇か何かのやうに、また信一郎の頭の中に、ムク/\と動いて来た。
 夫人の手紙を、読んで見ると、夫人の心持が、満更虚偽ばかりでもないやうに、思はれた。あの美しい夫人は、彼女を囲む阿諛や追従や甘言や、戯恋に倦き/\してゐるのかも知れない。実際彼女は純真な男性を、心から求めてゐるかも知れない。さう思つてゐると、夫人の真紅の唇や、白き透き通るやうな頬が、信一郎の眼前に髣髴した。
 が、次ぎの瞬間には青木淳の紫色の死顔や、今|先刻《さつき》見たばかりの、青木淳の弟の姿などが、アリアリと浮んで来た。

        二

 手紙を読んだ刹那の陶酔から、醒めるに従つて、夫人に対する憤《いきどほ》ろしい心持が、また信一郎の心に甦つて来た。かうした、人の心に喰ひ込んで行くやうな誘惑で、青木淳を深淵へ誘つたのだ。否青木淳ばかりではない、青木淳の弟も、あの海軍大尉も、否彼女の周囲に蒐まる凡ての男性を、人生の真面目な行路から踏み外させてゐるのだ。
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