よく分らないのですね。ぢや、左様なら。」
夫人は、淡々として、さう云ひ切ると、グルリと身体を廻らして、客間の方へ歩き出した。
夫人から引き止められてゐる内は、それを振切つて行く勇気があつた。が、かうあつさり[#「あつさり」に傍点]と軽く突き放されると、信一郎は何だか、拍子抜けがして淋しかつた。
夫人と別れてしまふことに依つて、異常な絢爛な人生の悦楽を、味ふ機会が、永久に失はれてしまふやうにも思はれた。自分の人生に、明けかゝつた冒険《ロマンス》の曙が、またそのまゝ夜の方へ、逆戻りしたやうにも思はれた。
が、危険な華やかな毒草の美しさよりも、慎しい、しをらしい花の美しさが、今彼の心の裡によみがへつた。
淋しいしかし安心な、暗いしかし質素な心持で、彼は大理石の丸柱の立つた車寄を静《しづか》に下つた。もう此の家を二度と訪ふことはあるまい。あの美しい夫人の面影に、再び咫尺《しせき》することもあるまい。彼がそんなことを考へながら、トボ/\と門の方へ歩みかけた時だつた。彼はふと、門への道に添ふ植込みの間から、左に透けて見える庭園に、語り合つてゐる二人の男性を見たのである。彼は、その人影を見
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