と思つて刺し殺したものは、意外にも人間の相を現してゐる。が、刺し殺した瑠璃子自身は、刺し殺す径路に於て、刺し殺した結果に於て、悪魔に近いものになつてゐる。
 自分の一生を犠牲にして、倒したものは、意外にも倒し甲斐のないものだつた。恋人を捨てゝ、処女としての誇を捨てゝ、世の悪評を買ひながら、全力を尽くして、戦つた戦ひは、戦ひ栄《ばえ》のしない無名の戦だつた。
 負けた勝平は、負けながら、その死床に人間として救はれてゐる。が、見事に勝つた瑠璃子は、救はれなかつた。
 自分の一生を賭してかゝつた仕事が、空虚な幻影であることが、分つた時ほど、人間の心が弛緩し堕落することはない。
 彼女の心は、その時以来別人のやうに荒んだ。清浄《しやうじやう》なる処女時代に立ち帰ることは、その肉体は許しても、心が許さなかつた。敵と戦ふために、自分自身心に塗つた毒は、いつの間にか、心の中《うち》深く浸み入つて消えなかつた。
 その上に、もつと悪いことには、名ばかりの妻として、擅《ほしいまゝ》にした物質上の栄華が、何時の間にか、彼女の心に魅力を持ち始めてゐた。
 彼女は、荒んだ心と、処女としての新鮮さと、未亡人とし
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