を、ボンヤリと凝視してゐる丈であつた。
「あゝ苦しい! 切ない!」
 勝平は最後の苦痛に入つたやうに、何物かを掴まうとして、二三度虚空を掴んだ。瑠璃子は、その時始めて心から、夫のために、その白い二つの手を差し延べた。勝平は、瑠璃子の白い腕に触れるとそれを生命《いのち》の最後の力で握りしめながら、また差し延べられた手に、瑠璃子からの宥《ゆるし》を感じながら、妻からの情《なさけ》を感じながら、最後の呼吸《いき》を引き取つてしまつたのである。

        七

 勝平の最後の息が絶えようとしてゐる時に、医師がやつて来た。レインコートの下へまで、激しい雨が浸み入つたと見え、洋服の所々から、雫がタラ/\と落ちてゐた。
「車で来ようと思つたのですが、家を二間ばかり離れると、直ぐ吹き倒されさうになりましたから、徒歩で来ました。風が北へ廻つたやうですから、もう大丈夫です。まさか、先度のやうなことはありませんでせう。」
 医師は、遉《さすが》に職業的な落着を見せながら、女中達の出迎へを受けて、座敷へ通つて来た。
「お電話ぢや十分判りませんでしたが、何《ど》うなさつたのです。強盗と組打ちをなさつたと
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