叫ばずにはゐられなかつた。
 その時に、室の薄暗い一隅で、何者とも知れずカラ/\と悪魔の嗤ふやうに声高く笑つた。

        五

 カンテラの光の届かない部屋の一隅から、急にカラ/\と頓狂に笑ひ出す声を聴くと、元気のある度胸の据つた喜太郎迄が、ハツと色を変へた。村田銃の方へ差し延した左の手が、二三度銃身を掴み損つてゐた。勝気な瑠璃子の襟元をも、気味の悪い冷たさが、ぞつと襲つて来た。
「誰だ! 誰だ!」
 喜太郎は狼狽《うろた》へながら、しはがれた声で闇の中の見知らぬ人間を誰何《すゐか》した。が、相手はまだ笑ひ声を収めたまゝ、ぢつとしてゐる。
「誰だ! 誰だ! 黙つてゐると、射ち殺すぞ!」
 相手が黙つてゐるので、勢ひを得た喜太郎は、村田銃を取り上げながら、その方へ差し向けた。
 暗い片隅に蹲まつてゐる人間の姿が、差し向けられたカンテラの灯で、朧ろげながら判つて来た。
「誰だ! 誰だ! 出て来い! 出て来い! 出て来ないと射つぞ!」
 喜太郎は、益々勢を得ながらそれでも飛び込んで行くほどの勇気もないと見えて、間を隔てながら、叫んでゐた。
 相手が、割に落着いてゐるところを見ると、
前へ 次へ
全625ページ中315ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング