な薄緑の朗かな空が、山と海とを掩うてゐた。海は毎日のやうに静かで波の立たない海面は、時々緩やかなうねり[#「うねり」に傍点]が滑かに起伏してゐた。海の色も、真夏に見るやうな濃藍の色を失つて、それ丈《だけ》親しみ易い軽い藍色に、はる/″\と続いてゐた。その端《はて》に、伊豆の連山が、淡くほのかに晴れ渡つてゐるのだつた。
 十月も終に近い葉山の町は、洗はれたやうに静かだつた。どの別荘も、どの別荘も堅く閉されて人の気勢《けはひ》がしなかつた。
 御用邸に近い海岸にある荘田別荘は、裏門を出ると、もう其処の白い砂地には、崩れた波の名残りが、白い泡沫を立ててゐるのだつた。
 勝平は、葉山からも毎日のやうに、東京へ通つてゐた。夫の留守の間、瑠璃子は何人《なんぴと》にも煩はされない静寂の裡に、浸つてゐることが出来た。
 瑠璃子はよく、一人海岸を散歩した。人影の稀な海岸には、自分一人の影が、寂しく砂の上に映つてゐた。遥に/\悠々と拡がつてゐる海や、その上を限《かぎり》なく広大に掩うてゐる秋の朗かな大空を見詰めてゐると、人間の世のあさましさが、しみ/″\と感ぜられて来た。自分自身が、復讐に狂奔して、心にも
前へ 次へ
全625ページ中285ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング