。勝彦は白痴ではあつたが、美奈子|丈《だけ》には、やさしい大人しい兄だつた。勝平は何時もの通り兄妹の散歩であると思つてゐた。が、植込の中の道が右に折れ、勝平の視線と一直線になつたとき、その男女は相並んで、後姿を勝平に見せた。女は紛れもなき瑠璃子だつた。而も彼女の白い、遠目にも、くつきりと白い手は、勝彦の肩、さうだ、肩よりも少し低い所へ、そつと後から当てられてゐるのだつた。
 それを見たとき、勝平は煮えたぎつてゐる湯を、飲まされたやうな、凄じい気持になつてゐた。ニヤリ/\と悦に入つてゐるらしいわが子の顔が、アリ/\と目に見えるやうに思つた。彼は、縁側《ヴェランダ》から飛び降りて、わが子の顔を思ふさま、殴り付けてやりたいやうな恐ろしい衝動を感じた。
 が、それにも増して、瑠璃子の心持が、グツと胸に堪へて来た。昨夜《ゆうべ》の騒ぎを知らぬ筈がない、親子の間の、浅ましい情景《シーン》を知らぬ筈がない。隣の部屋の美奈子さへ、眼を覚してゐるのに、瑠璃子が知らない筈はない。知つてゐながら、昨夜《ゆうべ》の今日勝彦をあんなに近づけてゐる。
 さう思ふと、勝平は、瑠璃子の敵意を感ぜずにはゐられなかつた。
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