姉さん、勝彦はこの頃、瑠璃子をさう呼び慣《なら》つてゐた。
「姉さん! 姉さんの所へ!」
 勝平は、さう云ひながらも、自分自身地の中へ、入つてしまひたいやうな、浅ましさと恥しさとを感じた。が、それと同時に、韮《にら》を噛むやうな嫉妬が、ホンの僅かではあるが、心の裡に萌して来るのを、何うすることも出来なかつた。が、父のさうした心持を、嘲るやうに、勝彦は又ニタリ/\と愚かな笑ひを、笑ひつゞけてゐる。
「姉さんの所へ何をしに来たのだ。何の用があつて来たのだ。こんなに夜遅く。」
 勝平は、心の中の不愉快さを、ぢつと抑へながら、訊く所まで、訊き質さずにはゐられなかつた。
「何も用はない。たゞ顔を見たいのだ。」
 勝彦は、平然とそれが普通な当然な事ででもあるやうに云つた。
「顔を見たい!」
 勝平は、さう口では云つたものの、眼が眩むやうに思つた。他人は、誰も居合はさない場所ではあつたが、自分の顔を、両手で掩ひ隠したいとさへ思つた。
 彼は、もう此の上、勝彦に言葉を掛ける勇気もなかつた。が、今にして、息子のかうした心を、刈り取つて置かないと、どんな恐ろしい事が起るかも知れないと思つた。彼は不快と恥し
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