分が、あまりにお人好しのやうに思はれ始めた。
 彼は、フラ/\として、寝台を離れて、夜更けの廊下へ出た。

        三

 廊下へ出て見ると、家人達はみんな寝静まつてゐた。まだ十月の半ではあつたが、広い洋館の内部には、深夜の冷気が、ひや/\と、流れてゐた。が、烈しい情火に狂つてゐる勝平の身体には、夜の冷たさも感じられなかつた。彼は、自分の家の中を、盗人のやうに、忍びやかに、夢遊病者のやうに覚束なく、瑠璃子の部屋の方向へ歩いた。
 彼女の部屋は、階下に在つた。廊下の燈火は、大抵消されてゐたが、階段に取り付けられてゐる電燈が、階上にも階下にも、ほのかな光を送つてゐた。
 勝平は、彼女に与へた約束を男らしくもなく、取り消すことが心苦しかつた。彼女に示すべき自分の美点は、男らしいと云ふ事より、外には何もない。彼女の信頼を得るやうに、男らしく強く堂々と、行動しなければならない。それが、彼女の愛を得る唯一の方法だと勝平は心の中で思つてゐた。それだのに、彼女に一旦与へた約束を、取り消す。男らしくもなく破約する。が、さうした心苦しさも、勝平の身体全体に、今潮のやうに漲つて来る烈しい慾望を、何う
前へ 次へ
全625ページ中261ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング