婦の前途を祝うて御乾杯を願ひます。」
 公爵は、さう云ひながら、そのなみ/\と、つがれた三鞭酒《シャンペンしゆ》の盃を、自分と相対して立つてゐる逓相の近藤男の盃に、カチリと触れさせた。
 それと同時に、公爵の音頭で、荘田唐沢両家の万歳が、一斉に三唱された。
 丁度その時であつた。その祝辞を受くるべく立ち上らうとした唐沢男爵の顔が、急に蒼ざめたかと思ふと、ヒヨロ/\とその長身の身体が後に二三歩よろめいたまゝ、枯木の倒れるやうに、力なく床の上に崩れ落ちた。

        四

 唐沢男爵の突然な卒倒は、晴の盛宴を滅茶苦茶にしてしまつた。遉《さすが》に、心の利いた給仕人は、手早く一室に担ぎ込んだが、列席の人々の動揺は、どうともすることが出来なかつた。瑠璃子は、花嫁である身分も忘れて、父の傍に馳け付けたまゝ、晴着の振袖を気にしながら、懸命に介抱した。
 給仕人が、必死になつて最後のコーヒを運ぶのを待ち兼ねて、仲人の杉野子爵は立つて来客達に、列席の労を謝した。それを機会に、今まで浮腰になつてゐた来客は、潮の引くやうに、一時に流れ出てしまつて、煌々たる電燈の光の流れてゐる大広間には、勝平を初め
前へ 次へ
全625ページ中241ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング