た。その輪廓の正しい顔は凄いほど澄みわたつて、神々しいと云つてもいゝやうな美しさが、勝平の不純な心持ちをさへ、浄めるやうだつた。
 式が、無事に終つて、大神宮から帝国ホテルまでの目と鼻の距離を、初めて自動車に同乗したときに云ひ知れぬ嬉しさが、勝平の胸の中に、こみ上げて来た。彼は、どうかして、最初の言葉を掛けたかつた。が、日頃傲岸不遜な、人を人とも思はない勝平であるにも拘はらず、話しかけようとする言葉が、一つ/\咽喉にからんでしまつて、小娘か何かのやうに、その四十男の巨きい顔が、ほんの少しではあるが、赤らんだ。彼は、唐沢家をあんなにまで、迫害したことが、後悔された。瑠璃子が、自分のことを一体|何《ど》う思つてゐるだらうと、云ふことが一番心配になり始めた。
 式服を着換へて、今勝平の横に立つてゐる瑠璃子は、前よりもつと美しかつた。御所解模様《ごしよどきもやう》を胸高に総縫にした黒縮緬[#「黒縮緬」は底本では「黒縮面」]の振袖が、そのスラリとした白皙の身体に、しつくりと似合つてゐた。勝平は、かうして若い美しい妻を得たことが、自分の生涯を彩る第一の幸福であるやうにさへ思はれた。今までは、彼の唯
前へ 次へ
全625ページ中236ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング