相が浮んでゐた。
「貴君《あなた》の、この不正な不当な結婚を、中止なさい。中止すると誓ひなさい! でなければ……でなければ……」さう云つたまゝ、直也の言葉も遉《さすが》に後が続かなかつた[#「続かなかつた」は底本では「続かなかた」]。
「でなければ、何うすると云ふのです。あはゝゝゝゝゝ。貴君《あなた》は、この荘田を脅迫するのですな。こりや面白い! 中止しなければ、何うすると云ふのです。」
 直也は、無我夢中だつた。彼は、自分も父も母も恋人も、国の法律も、何もかも忘れてしまつた。ただ眼前数尺の所にある、大きい赤ら顔を、何うにでも叩き潰したかつた。
「中止しなければ……かうするのです。」
 さう叫んだ刹那、彼の右の手は、鉄火の如くポケットを放れ、水平に突き出されてゐた。その手先には、白い光沢のある金属が鈍い光を放つてゐた。
「何! 何をするのだ。」と、荘田が、悲鳴とも怒声とも付かぬ声を挙げて、扉《ドア》の方へタジ/\と二三歩後ずさりした時だつた。
 直也の父は、狂気のやうに息子の右の腕に飛び付いた。
「直也! 何をするのだ! 馬鹿な。」
 その声は、泣くやうな叱るやうな悲鳴に近い声だつた。
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