句、俺《わし》の旧知を買収して、俺《わし》に罠をかけたのだ。飢ゑてゐた俺《わし》は、不覚にも罠の中の肉に喰ひ付いたのだ。罠をかける奴の卑しさは、論外だが、かゝつた俺《わし》の卑しさも笑つて呉れ。三十年の清節も、清貧もあつたものではない。」
 父は、のたうつやうに、椅子の中で、身を悶えた。之《こ》れを聞いてゐる瑠璃子も、身体中が、猛火の中に入つたやうに、烈しい憤怒のために燃え狂ふのを感じた。
「それで、それで、何うなつたと云ふのでございます。」
 彼女は、身を顫はしながら訊いた。卓の上にかけてゐる白い蝋のやうな手も、烈しい顫へを帯びてゐた。
「あの軸物の本当の所有者は荘田なのだ。彼奴は、俺《わし》に対して横領の告訴を出してゐるのだ。」
 父は吐くやうに云つた。蒼白い頬が烈しく痙攣した。
「そんな事が罪になるのでございますか。」
 瑠璃子の眼も血走つてしまつた。
「なるのだ! 逆に取つて、逆に出るのだから、堪らないのだ。預つてゐる他人の品物は、売つても質入してもいけないのだ。」
「でも、そんなことは、世間に幾何《いくら》もあるではございませんか。」
「さうだ! そんなことは幾何でもある、俺
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