笑はうとする父の顔が、今にも泣き出すやうに力なくみじめ[#「みじめ」に傍点]に見えた。
「何うにかならないものでございませうか、ほんたうに。」
父の大事などには、今迄一度も口出しなどをしたことのない彼女も、恐ろしい危機に、つい平生のたしなみ[#「たしなみ」に傍点]を忘れてしまつた。
父も、それに釣り込まれたやうに、
「さうだ! 本多さへ早く帰つてをれば、何《ど》うにかなるのだがな。八月には帰ると云ふのだから、此の一月か二月さへ、何うにか切り抜ければ――」
父は、娘に対する虚勢も捨てたやうに、首をうな[#「うな」に傍点]垂れた。さうだ、父の莫逆の友たる本多男爵さへ日本にをればと、瑠璃子も考へた。が、その人は、宮内省の調度頭をしてゐる男爵は、内親王の御降嫁の御調度買入れのために、欧洲へ行つてゐて、此の八月下旬でなければ、日本へは帰らないのだつた。
住んでゐる家に、執達吏が、ドヤ/\と踏み込んで来て家財道具に、封印をベタ/\と付ける。さうした光景を、頭の中に思ひ浮べると、瑠璃子は生きてゐることが、味気ないやうにさへ思つた。
父も娘も、無言のまゝに、三十分も一時間も坐つてゐた。いつま
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