づれ明日改めて伺ひますから。」
 瑠璃子が、大理石で作つた女神の像のやうに、冷たく化石したやうな美しい顔の、眉一つ動かさず黙つて聞いてゐるために、男はある威圧を感じたのであらう。さう云つてしまふと、コソコソと、逃ぐるやうに去つてしまつた。
 父に、この督促を伝へようかしら。が伝へたつて何《なん》にもならない。何万と云ふ金が、今日明日に迫つて、父に依つて作られる筈がなかつた。が、もし払はないとすると、向うでは直ぐ相当な法律上の手段に、訴へると云ふ。一体それはどんなことをするのだらう。さう考へて来ると、瑠璃子は自分の胸一つには、収め切れない不安が湧いて来て、進まないながら、父の部屋へ、上つて行かずにはゐられなかつた。
「うむ! 直ぐ法律上の手段に訴へる!」
 父はさう云つて、腕を拱《こまぬ》いて、遉《さすが》に抑へ切れない憂慮の色が、アリ/\と眉の間に溢れた。
「執達吏を寄越すと云ふのだな。あはゝゝゝゝ、まかり違つたら、競売にすると云ふのかな。それもいゝ、こんなボロ屋敷なんか、ない方が結句気楽だ! はゝゝゝゝ。」
 父は、元気らしく笑はうとした。が、それは空しい努力だつた。瑠璃子の眼には、
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