のだと相手が謀《たくら》んでゐるらしいのが、瑠璃子には、余りに判り過ぎてゐるやうに思へた。
 が、瑠璃子の心配は無駄だつた。父は相手が長々と喋《しや》べり続けたのを聞いた後で、二三分ばかり黙つてゐたらしいが、急にゐずまひを正したらしく、厳格な一分も緩みのない声で云つた。
「いや、大きに有難う。あなたの好意は感謝する。が、考ふる所あつて、お受けすることは出来ない。借財は証文の期限|通《どほり》に、ちやんと弁済する。それから、縁談の事ぢやが、本人が貴方《あなた》であらうが御子息であらうが、お断りすることには変りがない。何うか悪しからず。」
 父は激せず熱せず、毅然とした立派な調子で云ひ放つた。父の立派な男らしい態度を、瑠璃子は蔭ながら、伏し拝まずにはゐられなかつた。何と云ふ凜々しい態度であらう。どんなに此の先苦しまうとも、あゝした父を、父としてゐることは、何といふ幸福であらうかと思ふと、熱い涙が知らず識らず、頬を伝つて流れた。
 真向から平手でピシヤツと、殴《なぐ》るやうな父の返事に、相手は暫らくは、二の句が、次《つ》げないらしかつた。が、暫らくすると、太い渋い不快な声が聞え始めた。
「ふ
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