に石を並べてゐる父に、紅茶を運んで行つたときにも、父は二言三言瑠璃子に言葉をかけたけれど、書状のことは、何も云はなかつた。
願はくは、何時までも、父の眼に触れずにあれ、瑠璃子は更にさう祈つた。どうせ、一度は触れるにしても、一日でも二日でも先きへ、延ばしたかつた。
が、翌日眼を覚まして、瑠璃子が前の日の朝の、不快な記憶を想ひ浮べながら、その朝の郵便物に眼をやつたとき、彼女は思はず、口の裡で、小さい悲鳴を挙げずにはゐられなかつた。其処に、昨日と同じ内容証明の郵便物が、三通まで重ねられてゐたのである。
それを取り上げた彼女の手は、思はずかすかに顫へた。もう、父に隠すとか隠さないとか云ふ余裕は、彼女になかつた。彼女はそれを取り上げると、救ひを求むる少女のやうに、父の寝室に駈け込んだ。
父は起きてはゐなかつたが、床の中で眼を覚してゐた。
「お父様! こんな手紙が参りました。」瑠璃子の声は、何時になく上ずツてゐた。
「昨日のと同じものだらう。いや心配せいでもえゝ、お前が心配せいでもえゝ。」
父は、静かにさう云つた。昨日の書状も、父は何時の間にか、見てゐたのである。
瑠璃子は、今更ながら
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