る虚栄心だとは、何《ど》うしても思はれなかつた。父の一喝に逢つて、這々《はふ/\》の体で、逃げ帰つた杉野子爵は、ほんの傀儡で、その背後に怖ろしい悪魔の手が、動いてゐることを感ぜずにはゐられなかつた。さう思つて来ると、八重桜の下で、自分達二人を、睨み付けた恐ろしい眼が、アリアリと浮んで来た。さう思つて来ると、自分の恋人の父を、自分に対する求婚の使者にした相手のやり方に、悪魔のやうな意地悪さを、感ぜずにはゐられなかつた。
瑠璃子は思つた。自分が傷つけた蛇は、ホンの僅な恨を酬いるために猛然と、襲ひかゝつてゐるのだと。が、さう思ふと、瑠璃子は却つて、必死になつた。来るならば来て見よ。あんな男に、指一つ触れさせてなるものか。彼女は心の中《うち》でさう決心した。
「いや、杉野の奴一喝してやつたら、一縮みになつて帰つたよ。あゝ云つて置けば、二度と顔向けは出来ないよ。」
父は、もう凡てが済んでしまつたやうに、何気なく云つた。が、瑠璃子にはさうは思はれなかつた。一度飛び付き損つた蛇は、二度目の飛躍の準備をしてゐるのだ。いや、二度目どころではない。三度目四度目五度目十度目の準備まで整つてゐるのかも知れ
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