ぢやが、折角来て呉れたものだから、無碍《むげ》に断るのもと、思つたから、与《や》らんこともないと云ふと、段々相手の男のことを話すのぢや。人を馬鹿にして居る。四十五で、先妻の子が、二人まであると云ふのぢや。俺《わし》は、頭から怒鳴り付けてやつたのぢや。すると、彼《あ》の男が、オヅ/\何を云ひ出すかと思ふと、支度金は三十万円まで出すと、云ふのぢや。俺は憤然と立ち上つて、彼《あ》の男を応接室の外へ引きずり出したのだ。」父の声は、わな/\顫へた。
「此年になるまで、こんな侮辱を受けたことはない。貧乏はしてゐる。政戦三十年、家も邸も抵当に入つてゐる。が、三十万円は愚か、千万一億の金を積んでも、娘を金のために、売るものか。」
父は、傍《はた》の見る眼も、傷ましいほど、激昂してをる。年老いた肉体は、余りに激しい憤怒のために今にも砕けさうに、緊張してゐる。瑠璃子も、胸が一杯になつた。父の怒を、尤もだと思つた。が、その怒《いかり》を宥《なだ》むべき何の言葉も、思ひ浮ばなかつた。
が、それに付けても、杉野子爵は、何の恨《うらみ》があつて、かうした侮辱を、年老いた父に与へるのだらう。さう思ふと、瑠璃子の
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