がひ》ない。さう思ふと、瑠璃子はあまりに潔癖過ぎる父が急に恨めしくなつた。少しも妥協性のない、一徹な父が恨めしかつた。自分の一生の運命を狂はすかも知れない、父の態度が恨めしかつた。瑠璃子は父に抗議するやうに云つた。
「縁談のお話が、何《ど》うして妾《わたくし》を、侮辱することになりますの。またそんなお話なら、一応|妾《わたくし》にも、話して下さつてから、お断りになつても、遅くはないと思ひますわ。」
 瑠璃子は、誰に対しても、自己を主張し得る女だつた。彼女は、父にでも兄にでも恋人にでも、自己を主張せずには、ゐられない女だつた。
 瑠璃子の抗議を、父は憫むやうに笑つた。
「縁談! ハヽヽヽヽ。普通の縁談なら、無論瑠璃さんにも、よく相談する。が、あの男の縁談は、縁談と云ふ名目で、貴女《あなた》を買ひに来たのぢや。金を積んで、貴女を買ひに来たのぢや。怪しからん! 俺《わし》の娘を!」
 父の眼は、激怒のために、狂はしいまでに、輝いた。さう云はれると、瑠璃子は、一言もなかつたが、さうした縁談の相手は、一体誰だらうかと、思つた。
「彼《あ》の男が来て娘をやらんかと云ふ。平素から、快く思つてゐない男
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