に連れて身体が躍るやうに、心も軽く楽しい期待に躍つた。が、信一郎の同乗者たるかの青年は、自動車に乗つてゐるやうな意識は、少しもないやうに身を縮めて一隅に寄せたまゝその秀《ひい》でた眉を心持ひそめて、何かに思い耽つてゐるやうだつた。車窓に移り変る情景にさへ、一瞥をも与へようとはしなかつた。

        五

 小田原の街に、入る迄、二人は黙々として相並んでゐた。信一郎は、心の中では、此青年に一種の親しみをさへ感じてゐたので、何《ど》うにかして、話しかけたいと思つてゐたが、深い憂愁にでも、囚はれてゐるらしい青年の容子は、信一郎にさうした機会をさへ与へなかつた。
 殆ど、一尺にも足りない距離で見る青年の顔付は、愈《いよ/\》そのけ高さを加へてゐるやうであつた。が、その顔は何うした原因であるかは知らないが、蒼白な血色を帯びてゐる。二つの眸は、何かの悲しみのため力なく湿んでゐるやうにさへ思はれた。
 信一郎はなるべく相手の心持を擾すまいと思つた。が、一方から考へると、同じ、自動車に二人切りで乗り合はしてゐる以上、黙つたまゝ相対してゐることは、何だか窮屈で、かつは不自然であるやうにも思はれた
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