と美しさとを、そのスラリとした全身に湛へながら、落着いた冷たい態度で、玄関に現れた。
 勝平は、瑠璃子の姿を見ると、此間会つた時とは別人ででもあるやうに、頭を叮嚀に下げた。
「お嬢さまでございますか、先日は大変失礼を致しまして、申訳もございません。今日は、あのう! お父様はお在宅《いで》でございませうか。」
 かうも白々しく、――あゝした非道なことをしながら、かうも白々しく出られるものかと、瑠璃子が呆れたほど、相手は何事もなかつたやうに、平和で叮嚀であつた。
 瑠璃子は、一寸拍子抜けを感じながらも、冷たく引き緊めた顔を、少しも緩めなかつた。
「在宅《ゐま》すことは、在宅《ゐま》すが、お目にかゝれますかどうか一寸伺つて参ります。」
 瑠璃子は、さう高飛車に云ひながら、二階の父の居間に取つて返した。
「やつて来たな。よし、下の応接室に通して置け。」
 瑠璃子の顔を見ると、父は簡単にさう云つた。
 応接室に案内する間も、勝平は叮嚀に而も馴々しげに、瑠璃子に話しかけようとした。が、彼女は冷たい切口上で、相手を傍へ寄せ付けもしなかつた。
「やあ!」挨拶とも付かず、懸声とも付かぬ声を立てながら、父は応接室に入つて来た。父は相手と初対面ではないらしかつた。二三度は会つてゐるらしかつた。が、苦り切つたまゝ時候の挨拶さへしなかつた。瑠璃子は、茶を運んだ後も、はしたない[#「はしたない」に傍点]とは知りながら、一家の浮沈に係る話なので、応接室に沿ふ縁側の椅子に、主客には見えないやうに、そつと腰をかけながら、一語も洩さないやうに相手の話に耳を聳てた。
「此の間から、一度伺はう/\と思ひながら、つい失礼いたしてをりました。今度、閣下に対する債権を、私が買ひ占めましたことに就ても、屹度私を怪《け》しからん奴だと、お考へになつたゞらうと思ひましたので、今日はお詫び旁《かた/″\》、私の志のある所を、申述べに参つたのです。」
 勝平は、いかにも鄭重に、恐縮したやうな口調で、ボツリ/\話し始めたのであつた。丁度暴風雨の来る前に吹く微風のやうに、気味の悪い生あたゝかさを持つた口調だつた。
「うむ。志! 借金の証書を買ひ蒐めるのに、志があるのか。ハヽヽヽヽヽヽ。」父は、頭から嘲るやうに詰《なじ》つた。
「ございますとも。」相手は強い口調で、而も下手から、さう云ひ返した。

        七

「初《はじめ》から申上げねば分りませんが、実は私は閣下の崇拝者です。閣下の清節を、平生から崇拝致してゐる者であります。」
 さう云つて、勝平は叮嚀に言葉を切つた。老狐が化さうと思ふ人間の前で、木の葉を頭から被つてゐるやうな白々しさであつた。人を馬鹿にしてゐる癖に、態度|丈《だけ》はいやに、真剣に大真面目であるやうだつた。
「殊に近頃になつて、所謂政界の名士達なるものと、お知己《ちかづき》になるに従つて、大抵の方には、殆ど愛想を尽《つか》してしまひました。お口|丈《だけ》は立派なことを云つていらしつても、一歩裏へ廻ると、我々町人風情よりも、抜目がありませんからな。口幅《くちはゞ》つたいことを、申す様でございますが、金で動かせない方と云つたら、数へる丈《だけ》しかありませんからね。」
 父は黙々として、一言も発しなかつた。いざと云ふ時が来たら、一太刀に切つて捨てようとする気勢《けはひ》が、あり/\と感ぜられた。が、勝平は相手の容子などには、一切頓着しないやうに、臆面もなく話し続けた。
「いつか、日本倶楽部で、初めて閣下の崇高なお姿に接して以来、益々《ます/\》閣下に対する私の敬慕の念が高くなつたのです。多年の間、利慾権勢に目もくれず、たゞ国家のために、一意奮闘していらつしやる。かう云ふお方こそ、本当の国士本当の政治家だと思つたのです。」
 父が、面と向つてのお世辞に、苦り切つてゐる有様が、室外にゐる瑠璃子にもマザ/\と感ぜられた。
「御存じの通り、私は外に能のある人間でありません。たゞ、二三年来の幸運で、金|丈《だけ》は相当儲けました。私は、今何に使つても心残りのない金を、五百万円ばかり現金で持つてゐます。あゝ使へ、かう寄附しろと云つて呉れる人もありますが、私は閣下のやうなお方に、後顧の憂ひなからしめ、国家のために思ひ切り奮闘していたゞけるやうにする事も、可なり意義のある立派な仕事だと思つたのです。それには、是非ともお交際を願つて、いろ/\な立ち入つた御相談にも、与《あづか》らせて戴きたいと、それで実はあんな突然なお申込を……」
 さう云つて、言葉を切つた、がいかにも恐縮に堪へないと云ふ口調で、
「ところが、その申込が杉野さんの思ひ違《ちがひ》で、と云ふよりも、あの方の軽率から、私がお嬢さまをお望み致したなどととんでもない。ハヽヽヽ。御立腹遊ばすのは当然です。五十に近い私が、
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