らなく思つたことが、深く悔いられた。
 母の心持は、もつと露骨になつて来た。
「青木さん。貴君《あなた》が、妾《わたし》と結婚なさらうなんて、それは一時の迷ひです。貴君のお若い心の一時の出来心《ウィム》です。貴君には妾《わたし》の心が少しも分つてゐないのです。いゝえ、妾《わたし》の本体が少しも分つてゐないのです。妾《わたし》の心が、どんなに荒《すさ》んでゐるかそれが貴君には、少しも分つてゐないのです。妾《わたし》が、貴君を本当に愛してゐるかどうかさへ、貴君には分らないのです。さう/\、ワイルドの警句に、『結婚の適当なる基礎は相方《さうはう》の誤解なり。』と云ふ皮肉な言葉がありますが、貴君の妾《わたし》に対する、結婚申込なんか、本当に貴君の誤解から出てゐるのです。」
 青年には、瑠璃子の言葉などは、少しも耳に入つてゐないやうだつた。彼は、烈しい怒《いかり》のために、口が利けなくなつたやうに、たゞ身体を顫はせてゐる丈《だけ》だつた。
 が、そんなことは少しも意に介せないやうに、瑠璃子は落着いた口調で、話しつゞけた。
「貴君《あなた》は、妾《わたし》の心持が分らないばかりでなく、貴君に対する誰の心持も分つてゐないのです。貴君には、まだ、本当に人の心が分らないのです。真珠のやうな美しい――いゝえ、どんな宝石にも換へがたいやうな、美しい心を持つた処女が、貴君に恋しても、貴君には、それが分らないのです。貴君はもつと足を地上に降して、しつかり物を見なければならないと思ひます。」
 美奈子は、母の言葉を聴くと、地の中へでも消えてしまひたいやうな恥かしさと、母の自分に対する真剣な心づくしに対する有難さとで、心の中が一杯になつてしまつた。
 が、茲《こゝ》まで黙つて聴いてゐた青年は、憤然として、立ち上つた。
「奥さん! もう沢山です。貴女は、僕を散々恥しめて置きながら、此の上何を仰しやらうと云ふのです。男として、堪へられないやうな恥辱を僕に与へて置きながら、此上何を云はうと仰しやるのです。貴女に対する僕の要求は、全か無かです。弟に対する愛、そんな子供だまし[#「だまし」に傍点]のやうなお言葉で、いつまで僕を操らうとなさるのです。奥さん、僕はこれで失礼します。二度と貴女には、お目にかゝらない心算《つもり》です。男性に対する貴女の態度が、何時まで天罰を受けずにゐるか外《よそ》ながら拝見して
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