た。
美奈子は、ホテルの部屋々々からの灯影《ほかげ》で、明るく照し出された明るい方を避けて出来る丈《だけ》、庭の奥の闇の方へと進んでゐた。
樹木の茂つた蔭にある椅子《ベンチ》を、探し当てゝ、美奈子は腰を降した。
部屋々々の窓から洩れる灯影も、茲《こゝ》までは届いて来なかつた。周囲は人里離れた山林のやうに、静かだつた。止宿してゐる西洋の婦人の手すさびらしい、ヴァイオリンの弾奏が、ほのかにほのかに聞えて来る外は、人声も聞えて来なかつた。
闇の中に、たつた一人坐つてゐると、いらいらした、寂しみも、だん/\落着いて来るやうに思つた。殊にヴァイオリンのほのかな音が、彼女の傷《きずつ》いた胸を、撫でるやうに、かすかにかすかに聞えて来るのだつた。それに、耳を澄してゐる中に、彼女の心持は、だん/\和らいで行つた。
母が帰らない中に、早く帰つてゐなければならぬと思ひながらも、美奈子は腰を上げかねた。三十分、四十分、一時間近くも、美奈子は、其処に坐り続けてゐた。その時、彼女は、ふと近づいて来る人の足音を聴いたのである。
三
美奈子は、最初その足音をあまり気にかけなかつた。先刻ちらりと見た西洋人の夫妻たちが通り過ぎてゐるのだらうと思つた。
が、その足音は不思議に、だん/\近づいて来た。二言三言、話声さへ聞えて来た。それはまさしく、外国語でなく日本語であつた。しかも、何だか聞きなれたやうな声だつた。彼女は『オヤ!』と思ひながら、振り返つて闇の中を透して見た。
闇の中に、人影が動いた。一人でなく二人連だつた。二人とも、白い浴衣《ゆかた》を着てゐるために、闇の中でも、割合ハツキリと見えた。美奈子は、ぢつと二人が近よつて来るのを見詰めてゐた。十秒、二十秒、その裡にそれが何人《なんぴと》であるかが分ると、彼女は全身に、水を浴びせられたやうに、ゾツとなつた。それは、夜の目にも紛れなく青年と母の瑠璃子とであつたからである。而も、二人は、彼等が恋人同志であることを、明かに示すやうに、身体が触れ合はんばかりに、寄り添うて歩いてゐるのである。闇の中で、しかとは判らないが、母の左の手と、青年の右の手とが、堅く握り合せられてゐるやうに、美奈子には感ぜられた。
美奈子は、恐ろしいものを見たやうに、身体がゾク/\と顫へた。彼女は、地が口を開いて、自分の身体を此のまゝ呑んで呉れゝ
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