美奈子|丈《だけ》が一番苦しかつた。可憐な優しい美奈子|丈《だけ》が苦しんでゐた。
「美奈さん! 何《ど》うかしたのぢやないの?」
 美奈子が、黙つたまゝ、露台《バルコニー》の欄干に、長く長く倚つてゐるときなど、母は心配さうに、やさしく訊ねた。が、そんなとき、
「いゝえ! どうもしないの。」
 寂しく笑ひながら答へる、小さい胸の内に、堪へられない、苦しみがあることは、明敏な瑠璃子にさへ判らなかつた。
 青年も、美奈子が、――一度あんなに彼に親しくした美奈子が、又掌を飜《かへ》すやうに、急に再び疎々《うと/\》しくなつたことが、彼の責任であることに、彼も気が付いてゐなかつた。
 夕暮の楽しみにしてゐた散歩にも、もう美奈子は楽しんでは、行かなかつた。少くとも、青年は美奈子が同行することを、厭がつてはゐないまでも、決して欣んではゐないだらうと思ふと、彼女はいつも二の足を踏んだ。が、そんなとき、母はどうしても、美奈子一人残しては行かなかつた。彼女が二度も断ると母は屹度《きつと》云つた。
「ぢや、妾《わたし》達も行くのを廃《よ》しませうね。」
 さう云はれると、美奈子も不承々々に、承諾した。
「まあ! そんなに、おつしやるのなら参りますわ。」
 美奈子は口|丈《だけ》は機嫌よく云つて、重い/\鉛のやうな心を、持ちながら、母の後から、従《つ》いて行くのだつた。
 が、ある晩、それは丁度箱根へ来てから、半月も経つた頃だが、美奈子の心は、何時になく滅入つてしまつてゐた。
 母が、どんなに云つても、美奈子は一緒に出る気にはならなかつた。その上、平素《いつも》は、青年も口先|丈《だけ》では、母と一緒に勧めて呉れるのが、その晩に限つて、たつた一言も勧めて呉れなかつた。
「妾《わたくし》、今夜はお友達に手紙を書かうと思つてゐますの。」
 美奈子は、到頭そんな口実を考へた。
「まあ! 手紙なんか、明日の朝書くといゝわ。ね、いらつしやい。二人|丈《だけ》ぢやつまらないのですもの! ねえ、青木さん!」
 さう云はれて、青年は不服さうに肯いた。青年のさうした表情を見ると、美奈子は何うしても断らうと決心した。

        二

「でも、妾《わたくし》、今晩だけは失礼させて、いたゞきますわ。一人でゆつくり、お手紙をかきたいと思ひますの。」
 美奈子が、可なり思ひ切つて、断るのを見ると、母はさまで
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