間中から、お礼を申上げよう申上げようと思ひながら、ついその儘になつてゐたのです。此間はどうも有難うございました。」
夕闇に透いて見える彼の白い頬が、思ひ做しか少し赤らんでゐるやうに思はれた。美奈子も相手から、思ひがけもない感謝の言葉を受けて、我にもあらず、顔がほてるやうに熱くなつた。彼女は、青年から礼を云はれるやうな心覚えが、少しもなかつたのである。
「まあ! 何でございますの! わたくし!」
美奈子は、当惑の目を刮《みは》つた。
「お忘れになつたのですか。お忘れになつてゐるとすれば、僕は愈々《いよ/\》感謝しなければならぬ必要があるのです。お忘れになりましたですか。来る道で僕があんなに自動車に乗ることを厭がつたのを。はゝゝゝゝゝ。自分ながら、今から考へると、余り臆病になり過ぎてゐたやうです。お母様から後で散々冷かされたのも無理はありません。が、あの時は本当に恐かつたのです。妙に気になつてしまつたのです。ベソを掻きさうな顔をしてゐたと、後でお母様に冷かされたのですが、本当にあの時は、そんな気持がしてゐたのです。それに、荘田夫人と来ては、極端に意地がわるいのですからね。僕が恐がれば恐がるほど、しつこく苛めようとするのですからね。本当にあの時の、貴女《あなた》のお言葉は地獄に仏だつたのです。はゝゝゝ。考へて見れば、僕も余り臆病すぎたな。とんだ所を貴女方に見せてしまつた!」
青年は、冗談のやうに云ひながらも、美奈子に対する感謝の心だけは、可なり真面目であるらしかつた。
「まあ! あんなことなんか。妾《わたくし》、本当に電車に乗りたかつたのでございますわ。」
美奈子は、顔を真赤にしながら、青年の言葉を打ち消した。が、心の中はこみ上げて来る嬉しさで一杯だつた。
「あの時、僕は本当に貴女の態度に、感心したのです。あの時、露骨に僕の味方をして下さると、僕も恥しいし、お母様も意地になつて、あゝうまくは行かなかつたのでせうが、貴女の自然な無邪気な申出には、遉《さすが》の荘田夫人も、直ぐ賛成しましたからね。僕は、今まで荘田夫人を、女性の中で最も聡明な人だと思つてゐましたが、貴女のあの時の態度を見て、世の中には荘田夫人の聡明さとは又別な本当に女性らしい聡明さを持つた方があるのを知りました。」
「まあ! あんなことを。妾《わたくし》お恥かしうございますわ。」
さう云つて、美奈子は
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