分か三分かの間である。動き出せば直ぐ止る、わづかの距離であつた。美奈子は、もつと/\此の電車に乗つてゐたかつた。さうだ! 青年の乗つてゐる限り、此の電車に乗つてゐたいと思つた。
彼女は、女中をそれとなく先へ降して、神田辺に買物があると云つて、此のまゝずつと乗り続けてゐようかと思つたりした。が、さうした大胆な計画をなすべく、彼女はあまりに純だつた。
その内に、電車はもう半蔵門の停留場を離れてゐた。英国大使館の前の桜青葉の間を、勢よく走つてゐた。美奈子は電車が、平素《いつも》の二倍もの速力で走つてゐるやうに思つた。彼女は、最後の一瞥を得ようとして、思ひ切つて顔を持ち上げた。青年は、此の前見たときと同じやうな白い飛白《かすり》の着物に絽セルらしい袴を穿いてゐた。近く見れば見るほど、貴公子らしい凜々しい面影が、美奈子の小さい胸を圧し付けるやうに、迫つて来るのだつた。美奈子は、此の青年と向ひ合つて坐りながら、もつともつと九段までも両国までも、いな/\もつと遥かに遥かに遠い処まで、一緒に乗つて行きたいやうな、切ない情熱が、胸に湧いて来るのを何うすることも出来なかつた。このまゝ別れてしまふと、また何時会はれるか分らない。二年も三年も、いな一生もう二度と会はれないのではあるまいかなどと思つたりすると、美奈子は、何うしても座席が離れられなかつた。が、女中のすみや[#「すみや」に傍点]は、そんなことは少しも頓着しなかつた。
五番町の停留場の赤い柱が見え出すと、主人よりも先きに立ち上つた。
「参りましたよ。」
彼女は主人を促すやうに云つた。美奈子がそれに促されて、不承々々に席を離れようとしたときだつた。降りさうな気勢《けはひ》などは、少しも見せなかつた青年が、突然立ち上ると男らしい活溌さで、素早く車掌台へ出ると、まだ惰力[#「惰力」は底本では「隋力」]で動いてゐる電車から、軽くヒラリと飛び降りた。
「おや!」女中が、傍《そば》にゐなかつたら、彼女は駭いて声を出したかも知れなかつた。
「御近所の方かしら。」さう思つた美奈子は、電車を降りながら美しい眸を凝して、その後姿を見失ふまいと、眼も放たず見詰めてゐた。
七
美奈子より先に、電車を飛び降りた青年は、その後姿を、ぢつと彼女から見詰められてゐるとは少しも気が付かないやうに、籐の細身のステッキを、眩しい日の光の裡
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