一郎は、やつとさう思ひ返した。
小間使は、探すのに手間が取れたと見え、暫らくしてから帰つて来た。そのふつくらとした小さい手の裡には、信一郎には忘れられない時計が、薄気味のわるい光を放つてゐた。
夫人は小間使から、無造作にそれを受取ると、信一郎の卓の上に軽く置きながら、
「さあ! どうぞ。よく検《あら》ためてお受取り下さいませ! お預りしたときと、寸分違つてゐない筈ですから。」
夫人は、毒を喰《くら》はゞ皿までと云つたやうに、飽くまでも皮肉であり冷淡であつた。
八
信一郎は、差し出されたその時計を見たときに、その時計の胴にうすく残つてゐる血痕を見たときに、弄ばれて非業の死方をした青年に対する義憤の情が、旺然として胸に湧いた。それと同時に、青年を弄んで、間接に彼を殺しながら而も平然として彼の死を冷視してゐる――神聖な遺品《かたみ》の時計をさへ、蔑み切つてゐる夫人に対して、燃ゆるやうな憎しみを、感ぜずにはゐられなかつた。
信一郎は、かすかに顫へる手で、その時計を拾ひ上げながら、夫人の面《おもて》を真向から見詰めた。
「いや、確《たしか》にお受取りしました。お預けした品物に相違ありません。」
彼の言葉も、いつの間にか、敵意のある切口上に変つてゐた。
「ところが、奥さん!」信一郎は、満身の勇気を振ひながら云つた。
「一旦お返し下さつた此時計を――改めて、さうです、青木君の意志として――私は、改めて貴女に受取つていたゞきたいのです。」
さう云つて、信一郎は、夫人の顔をぢつと見た。どんなに厚顔な夫人でも、少しは狼狽するだらうと予期しながら。が、夫人の顔は、やゝ殺気を帯びてゐるものゝ、その整つた顔の筋肉一つさへ動かさなかつた。
「何だか手数のかゝるお話でございますのね。子供のお客様ごつこ[#「ごつこ」に傍点]ぢやありますまいし、お返ししたものを、また返していただくなんて、もう一度お預かりした丈で、懲々《こり/″\》[#ルビの「/″\」は底本では「こり/\」]いたしましたわ。」
夫人は噛んで捨てるやうに云つた。
信一郎は、夫人の白々しい態度に、心の底まで、憎みと憤怒とで、煮え立つてゐた。
「いや、此度はお預けするのではないのです。いや、最初から此の時計は貴女にお預けすべきでなくお返ししなければならぬ時計だつたのです。時計の元の持主として、貴女に
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