して信頼され愛されさへすれば、どんな犠牲を払つてもいゝと思つてゐるのです。俺《わし》は、先刻《さつき》自動車から降りて、貴女と顔を見合せた時、俺《わし》は結婚して以来初めて幸福を感じたのです。今日|丈《だけ》は、貴女が心から俺《わし》を迎へて呉れてゐる。貴女の笑顔が心からの笑顔だと思ふと、俺《わし》は初めて結婚の幸福を感じたのです。が、それも落着いて考へて見ると、貴女が俺《わし》を喜んで迎へて呉れたのも、夫としてではない、たゞこんな恐ろしい晩に必要な男手として喜んでゐるのだと思ふと、又急に情なくなるのです。俺《わし》が貴女を、賤しい手段で、妻にしたと云ふ罪を、俺《わし》の貴女に対する現在の真心で浄めさせて下さい!」
勝平は、酒のために、気が狂つたのではないかと思はれるほどに激昂してゐた。瑠璃子は相手の激しい情熱に咽せたやうに何時の間にか知らず/\、それに動かされてゐた。
「瑠璃子さん、貴女も今までの事は、心から水に流して、俺《わし》の本当の妻になつて下さい。貴女が心ならずも、俺《わし》の妻になつたことは、不幸には違ひない。が、一旦妻になつた以上、貴女が肉体的には、妻でないにしろ、世間では誰も、さうは思つてゐないのです。社会的に云へば、貴女は飽くまでも、荘田勝平の妻です。貴女も、かうした羽目に陥つたことを、不幸だと諦めて、心から俺《わし》の妻になつて下さらんでせうか。」
勝平の眼は、熱のあるやうに輝いてゐた。瑠璃子も、相手の熱情に、ついフラ/\と動かされて、思はず感激の言葉を口走らうとした。が、その時に彼女の冷たい理性が、やつとそれを制した。
『相手が余りに脆いのではない! お前の方が余りに脆いのではないか。お前は、最初のあれほど烈しい決心を忘れたのか。正義のために、私憤ではなくして、むしろ公憤のために、相手を倒さうと云ふ強い決心を忘れたのか。勝平の口先|丈《だけ》の懺悔に動かされて、余りに脆くお前の決心を捨てゝしまふのか。お前は勝平の態度を疑はないのか。彼は、お前に降伏したやうな様子を見せながら、お前を肉体的に、征服しようとしてゐるのだ。兜を脱いだやうな風を装ひながら、お前に飛び付かうとしてゐるのだ。お前が、勝平の告白に感激して、お前の手を与へて御覧! 彼は、その手を戴くやうな風をしながら、何時の間にかお前を蹂み躙つてしまふのだ。お前は敵の暴力と戦ふばかりでなく
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