その人が、前にでもゐるやうに、拳を握りしめながら、激しい口調で云つた。
「何《ど》うしたと云ふのでございます、お父様、ハツキリと仰《おつ》しやつて下さいまし、一体どんなお話で、あの方が、私の事を何う仰しやつたのです。一体どんな用事で、入《い》らしつたのでございます。」
 瑠璃子も、可なり興奮しながら、本当のことを知りたがつて、畳みかけて訊いた。
「彼の男は、お前の縁談があると云つて来たのだ。」父の言葉は意外だつた。
「妾《わたくし》の縁談!」瑠璃子は、さう云つたまゝ、二の句が次げなかつた。彼女は化石したやうに、父の書斎の入口に立ち止まつた。父は、瑠璃子の駭《おどろ》きに、深い意味があらうとは、夢にも知らずに、興奮に疲れた身体を、安楽椅子に投げるのであつた。


 買ひ得るか

        一

 父から、杉野子爵の来訪が、縁談の為であると、聞かされると、瑠璃子は電火にでも、打たれたやうに、ハツと駭《おどろ》いた。
 やつぱり、自分の子供らしい想像は当つたのだ。杉野子爵は子のために、直接話を進めに来たのだ。その話の中に、子爵の不用意な言葉か、不遜の態度かが、潔癖な父を怒らしたに違《ちがひ》ない。さう思ふと、瑠璃子はあまりに潔癖過ぎる父が急に恨めしくなつた。少しも妥協性のない、一徹な父が恨めしかつた。自分の一生の運命を狂はすかも知れない、父の態度が恨めしかつた。瑠璃子は父に抗議するやうに云つた。
「縁談のお話が、何《ど》うして妾《わたくし》を、侮辱することになりますの。またそんなお話なら、一応|妾《わたくし》にも、話して下さつてから、お断りになつても、遅くはないと思ひますわ。」
 瑠璃子は、誰に対しても、自己を主張し得る女だつた。彼女は、父にでも兄にでも恋人にでも、自己を主張せずには、ゐられない女だつた。
 瑠璃子の抗議を、父は憫むやうに笑つた。
「縁談! ハヽヽヽヽ。普通の縁談なら、無論瑠璃さんにも、よく相談する。が、あの男の縁談は、縁談と云ふ名目で、貴女《あなた》を買ひに来たのぢや。金を積んで、貴女を買ひに来たのぢや。怪しからん! 俺《わし》の娘を!」
 父の眼は、激怒のために、狂はしいまでに、輝いた。さう云はれると、瑠璃子は、一言もなかつたが、さうした縁談の相手は、一体誰だらうかと、思つた。
「彼《あ》の男が来て娘をやらんかと云ふ。平素から、快く思つてゐない男
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