》、唐鳩《からばと》、赤髭《あかひげ》、青鷺《あおさぎ》などは、俊寛の近づくのをすこしも恐れなかった。半日、山や海岸を駆け回ると、運び切れないほどの獲物があった。
今までの彼は、狩はともかく、漁《すなど》りはむげ[#「むげ」に傍点]に卑しいことだと思っていた。ひたすらに都会生活に憧れていた彼は、そうしたことを真似てみようという気は起らなかった。が、現在の彼は、土人に習って漁りをしてみようと考えた。その頃の島は、鰻《うなぎ》を取る季節であった。永良部鰻《えらぶうなぎ》は、秋から冬にかけて島の海岸の暖かい海水を慕って来て、そこへ卵を産むのであった。土人は、海水の中に身を浸してそれを手捕りにした。俊寛も、それに習った。最初は、いくど掴《つか》んでも掴み損ねた。土人は、あやしい言葉で何かいいながら、俊寛をわらった。が、俊寛は屈しなかった。三日ばかりも、根よく続けて試みているうちに、魯鈍《ろどん》で、いちばん不幸な鰻が、俊寛の手にかかる。五日と経ち、七日と経つうちに、どんな敏捷な鰻でも俊寛の手から逃れることができなくなってくる。彼は、何十匹と獲《え》た鰻のあごに蔓を通し、それを肩に担ぐ。蔓が、肩に食い入るように重い。が、自分が獲ったのであると思うと、一匹だって、捨てる気はしない。小屋へ帰ってから、彼は小太刀で腹を割《さ》き、腸《わた》を去ってから、それを日向《ひなた》へ乾す。半月ばかり鰻を取っているうちに、小屋の周囲は乾した鰻でいっぱいになる。そのうちに、鰻の取れる季節は、過ぎ去ってしまう。そして、冬が来た。冬の間、俊寛は畑を作ることに、一生懸命になった。彼は、まず畑のために選定した彼の広闊《こうかつ》な土地へ、火を放った。そして、雑草や灌木《かんぼく》を焼き払った。それから、焼き残った木の根を掘返し、岩や小石を取去った。彼の鉞は、今度は鍬《くわ》の用をした。道具がないために、彼の仕事は捗《はかど》らなかった。土人の所に行けば、鍬に似たものがあるのを知っていた。が、報酬なしに土人が何物をも貸さないことを知っていた。が、彼の精根は、そうしたものに、すべて打ち克《か》った。冬の終る頃には、一町近い畑が、彼の力に依って拓《ひら》かれた。彼に今最も必要なことは、そこに蒔《ま》かねばならない麦の種であった。彼は、麦の種を土人が手放さないのを知っていた。彼は、それと交易《こうえき》する
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