っともと思わずにはおられなかった。
それだけで仕方なしに、彼はどうにかして、金を儲けることを考えた。そうして、こんな場合に、多少文筆の素養があるものが考えつくように、翻訳をやってみようと思った。彼は、友人の紹介で、ある書店から出版されている「西洋美術叢書」の一巻を翻訳させてもらうことにした。それは、ガードナーという人の書いた「希臘《ギリシャ》彫刻手記」という本であった。金色《こんじき》の唐草模様か何かの表紙の付いた六、七百ページの本であった。またその活字が、邦字の六号活字に匹敵するほどの小さいローマ字で、その上ベッタリと一面に組んであるのであった。一ページを訳するのにも、一時間近くもかかった。その六、七百ページを、ことごとく訳し終って、所定の稿料を貰える日は、茫漠としていつのことだか分からなかった。それでも彼は、勇敢にその仕事を続けていった。その仕事をするほかには、金の取れる当ては、少しもなかったから、彼は毎日のように、厄介になってる家からは比較的に近い、日比谷の図書館へ行って、翻訳を続けてやった。
その翻訳が、やっと六、七十枚ぐらいでき上った頃だろう。ある日のこと、彼は例の「希臘
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