とを話してくれました。
いかにも、セエラの嬢様のお訊きになりそうなことだと、マリエットは思いました。あの寂しそうな小娘は、ついこの間日働きに雇われたばかりなのでしたが、台所に限らず、どこにでも追い使われているのでした。靴や金具を磨かされたり、重い石炭函の上げ下しをさせられたり、床や窓の雑巾がけをさせられたり。――身体の発育が悪いので、十四なのに十二くらいにしか見えませんでした。マリエットも、少女が可哀そうでならないと思っているところでした。ひどく内気で、人から物をいいかけられたりすると、眼が顔から飛び出しそうに怯えるのでした。
セエラはテエブルに頬杖《ほおづえ》をついて、マリエットの話を聞いていましたが、そこまで来ると
「何て名前なの?」とまた訊ねました。
名前はベッキイでした。マリエットは台所で、五分と間をおかず、「ベッキイ、これをおし。」とか「ベッキイ、あれをおし。」とかいう声を聞くのでした。
セエラは一人になってからしばらくの間、炉の火を見つめながら、ベッキイの事ばかり考えていました。いつかセエラは、ベッキイを可哀そうな物語の女主人公にしていました。あの娘は食物さえお腹一杯はあてがわれていないのに違いないと、セエラは思いました。
それから二三週間経った頃でした。やはり薄霧のかかった午後でした。居間に帰ってきたセエラは、自分の安楽椅子の中に、ぐっすり眠りこんでいるベッキイを見付けました。ベッキイの鼻の先や、前掛のそこここには、炭がついていました。見すぼらしい帽子は落ちかけていました。
ベッキイはその午後、生徒達の寝室を片付けるようにいいつけられたのでした。彼女はお姫様の部屋のように美しいセエラの部屋は、一番おしまいに片付けることにしました。寝室はかなりたくさんあったので、それを片付け終って、セエラの部屋に来た時には、小さな足も痛むばかりでした。で、暖かな炉のそばに腰を下すと、汚れた顔にものうげな微笑を湛えたまま、つい快い眠りにおちてしまったのでした。
ベッキイが足の痛くなるほど働き廻っていた間、セエラは舞蹈《ぶとう》のお稽古《けいこ》で夢中になっていました。薔薇色《ばらいろ》の服を着け、黒い髪の上には薔薇の冠を載せ、まるで薔薇色の蝶々《ちょうちょう》のように、新しい舞蹈の練習をしていたのでした。習ったばかりの足どりで、踊りながら居間に飛びこんで、そしてあの眠っている小娘を見付けたのでした。
「まア。」セエラは思わず小さい声でいいました。「可哀そうに!」
セエラは、大事な椅子に薄汚い子が掛けているのを見ても、腹を立てるどころか、かえってベッキイに逢えてよかったと思いました。ここに眠っているのは、セエラの作ったお話の主人公で、彼女が眼を覚しさえすれば、セエラはその主人公のお話をすることも出来るのです。セエラは、そっとベッキイの方に歩みよりました。ベッキイは微かにいびきをかいていました。
「自然に眼を覚してくれればいいが。」とセエラは思いました。「そっと眠らしといてあげたいけど、ミンチン先生に見つかりでもすると、きっと叱られるから、可哀そうだわ。もうちっとの間、そっとしといてあげましょう。」
セエラはテエブルの端に腰かけて、細い脚をぶらぶらさせながら、どうするのが一番いいかと、思いまどいました。今にもアメリア嬢が入って来ないとも限りません。そうすれば、ベッキイはきっと叱られるに違いありません。
「でも、とても疲れているのね。」
セエラがそう思ったとたん、一塊《ひとかたまり》の石炭が燃え砕け、炉枠にぶっつかって、音を立てました。ベッキイは怯えて飛び上り、息をはずませながら、大きな眼をあけました。ベッキイはいつの間にか寝てしまったのだとは思いませんでした。ちょいと坐って、身体を暖めていただけなのに――と、ここでベッキイは、自分が眼をお皿のようにして、薔薇色の妖精《ようせい》みたいなあの評判なお嬢さんと向き合っているのに、気がつきました。
ベッキイは躍り上って、落ちかけた帽子を掴みました。私はとうとう罰を受けるようなことをしでかしてしまった。しゃあしゃあとこの小さい貴婦人の椅子の中で眠ったりして、きっと私はお給金ももらえずに、逐《お》い出されてしまうのだろう。
ベッキイは息もつまるばかりに、欷歔《すすりなき》をはじめました。
「お嬢様、お嬢様! か、かんにんして下さいまし、どうか、かんにんして下さいまし。」
セエラは椅子から飛び降りて、ベッキイのそばへ行きました。
「何にも怖いことはないのよ。」セエラは自分と同じ身分の娘にでもいうようにいいました。「ここでは、眠ったってちっともかまわないのよ。」
「私は、眠るつもりなんかちっともなかったのでございますよ、お嬢様。ただこの火があんまりほかほかといい気持なので――そ
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