それで、六十を越しながら、息子を相手に、今では他人の手に渡ってしまった昔の自分の土地で、小作人として、馴れない百姓仕事を始めたのです。が、今まで、ずいぶん身を持ち崩していたものですから、そうした荒仕事には堪えなかったと見え、二年ばかり経つと、風邪か何かがもとで、ぽっきり枯枝が折れるように、亡くなってしまったのです。
一生涯、それに溺れてしまって、身にも魂にもしみ込んだ道楽を、封ぜられたためでしょうか、祖父は賭博を止めてからというものは、何となくほう[#「ほう」に傍点]けてしまって、物忘れが多く、畑を打ちながら、鍬を打つ手を休めて、ぼんやり考え込むことが多かったそうです。そんな時は、若い時に打った五百両千両という大賭博の時に、うまく起きてくれた賽ころの目のことでも、思い出していたのでしょう。
それでも、改心をしてからは、さすがに二度とふたたび勝負事はしなかったのです。もし、したことがあったならば、それはただ一度、次にお話しするような時だけだろうとのことです。
それは、何でも祖父が死ぬ三月ぐらい前のことです。秋の小春日和の午後に、私の母が働いている祖父に、お八つの茶を持って行った
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