ことがあるのです。見ると、稲を刈った後の田を、鋤《す》き返しているはずの祖父の姿が見えないのです。多分田の向うの藁堆《わらにお》の陰で、日向ぼっこをしているのだろうと思って、その方へ行ってみますと、果して祖父の声がきこえてくるのです。
『今度は、俺が勝ちだ』と、いいながら祖父は声高く笑ったそうです。その声をきくと私の母は、はっと胸を打たれたそうです。きっと、古い賭博打ちの仲間が来て、祖父を唆《そそのか》して何かの勝負をしているに違いない、と思うと、手も足も付けられなかった祖父の、昔の生活が頭の中に浮んできて、ぞっと身が震うほど、情なく思ったそうです。せっかく慎んでいてくれたのにと思うと、いったい父を誘った相手は、どこのどいつだろうと、そっと足音を忍ばせて近づいてみたそうです。
 見ると、ぽかぽかと日の当っている藁堆の陰で、祖父とその五つになる孫とが、相対して蹲っていたそうです。何をしているのかと思ってじっと見ていると、祖父が積み重っている藁の中から、一本の藁を抜いたそうです。すると、孫が同じように、一本の藁を抜き出したそうです。二人はその長さを比べました。祖父が抜いた方が一寸ばかり長か
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