産を一文なしにしてしまった後までも、まだ道楽が止められないで、それかといって大きい賭場には立ち回られないので、馬方や土方を相手の、小賭博まで、打つようになっていたそうです。それを、祖母やその頃二十五、六にもなっていた私の父が、涙を流して諫めても、どうしても止めなかったそうです。
 が、祖父の道楽で、長年苦しめられた祖母が、死ぬ間際になって、手を合せながら、
『お前さんの代で、長い間続いていた勝島の家が、一文なしの水呑百姓になってしまったのも、わしゃ運だと諦めて、厭いはせんが、せめて死際に、お前さんから、賭博は一切打たんという誓言をきいて死にたい。わしは、お前さんの道楽で長い間、苦しまされたのだから、後《あと》に残る宗太郎やおみね(私の父と母)だけには、この苦労はさせたくない。わしの臨終の望みじゃほどに、きっぱり思い切って下され』と、何度も何度も繰り返して、口説いたのがよほど効いたのでしょう、義理のある養家を、根こそぎ潰してしまった我悔《がかい》が、やっと心のうちに目ざめたのでしょう。また年が年だけに考えもしたのでしょう、それ以来は、生れ変ったように、賭博を打たなくなってしまったのです。
前へ 次へ
全9ページ中6ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング