を上げ掃除《そうじ》などをして、かゆと強飯《こわめし》とを主人の女とその男に給仕した。こんな風にして、二、三日暮していた。男は、夢《ゆめ》み心地に女との愛欲生活をたのしんでいた。すると、女が何か外出する用事はないかと訊《き》いたので、ちょっとあると答えると、しばらくして一頭の駿馬《しゅんめ》に、水干装束《すいかんしょうぞく》をした下人が二、三人付いてやって来た。
 すると女は、男をその家の納戸《なんど》のような部屋へ案内した。外出用の衣裳《いしょう》が、いく通りも揃《そろ》えてある。どれでも、気に入ったのを着ろという。男は、思いのままに装束して、その馬に乗り、下人を連れて外出した。その馬もいい馬だったが、下人達も後生大事と仕えてくれるのであった。帰ってくると、馬も下人も女主人に何ともいわれないのに、いつの間にか居なくなった。このように、豊かに何の不自由もなく、二十日ばかり暮していた。すると、女がある日、不思議な御縁《ごえん》でいっしょに暮しましたが、あなたもお気に召《め》したから、こんなに長くいらっしゃるのでしょう。そうすれば、私のいうことは、生死にかかわらず聴《き》いて下さるでしょうといった。男は、この生活にも相手の女にも心から魅《み》せられていたから、もちろんです、生かそうとも殺そうともお心次第です、と答えた。すると、女は大変よろこんで、男をいざと言って、奥《おく》の一間へ連れて行った。そして、この男の髪《かみ》へ縄《なわ》をつけて、はたもの(罪人を笞打《むちう》つためにしばりつける刑具《けいぐ》である)に男を後向きにしばりつけた。両足もしっかり、むすびつけた。そして、女は男のように烏帽子《えぼし》を被《かぶ》り水干袴をつけると笞をもってはだかにした男の背を八十ばかり打った。そしてから、気持はどうですといって訊《き》いた。男は、何のこれしきのことと答えると女は満足して、いろいろといたわった。よい食物などもたくさんたべさせた。三日ほどで、笞のあとが、いえると、また同じ室につれて行って、はたものにしばりつけると、今度は、前よりもしたたかに八十打った。血走り肉乱れるほど、はげしい打ち方だった。

       五

 情容赦《なさけようしゃ》もなく打ちつづけてから(我慢《がまん》が出来ますか)と、いって訊いた。男は、顔色も替《か》えず(出来ますとも)と、答えると、今度
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