の抑え
丹羽 長秀(兵三千)
氏家 直元(兵千)
安藤 範俊《のりとし》(兵千)
徳川家康(二十九歳)
――六十余万石、兵数約一万六千、姉川に来りしもの約五千――
第一陣 酒井 忠次(兵千余)
第二陣 小笠原|長忠《ながただ》(兵千余)
第三陣 石川 数正(兵千余)
本陣 家康(兵二千余)
外に信長より家康への加勢として
稲葉 通朝(兵千余)
徳川家康の部将中、酒井石川は譜代だが、小笠原与八郎長忠だけは、そうでない。小笠原は、元、今川家の大将で武功の勇将である。家康に従ってはいるが、もし家康が信長へ加勢として上方《かみがた》にでも遠征したら、その明巣《あきす》に遠州を掠取《かすめと》らんと云う肚《はら》もないではない。家康もその辺ちゃんと心得ているので、国には置かず、一しょに連れて来たわけである。つまり、まだ馴れない猛獣に、くさりをつけて引っぱって来、戦争に使おうと云うのである。それだけの小笠原であるから、武功の士多く、姉川に於ての働きも亦《また》格別であった。
(『武功雑記』に、「此度《このたび》権現様小
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