差押へられる話
菊池寛
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)怪《け》しからない
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)安田|某《ぼう》の
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)われ/\の
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私は、所得税に対して不服であつた。附加税をよせると、年に四百円近くになる。私は官吏や実業家のやうに、国家の直接な恩恵を受けてもゐないのに、四百円は、どんな意味からでも、取られすぎると思つた。文士など云ふ職業は、国家が少しも歓待もしなければ、保護奨励もしない。奨励しないどころか、発売禁止だとか上演禁止だとかで脅してゐながら、その上収入に対して、普通の税率を課するのは、怪《け》しからないと思った。
私の昨年の所得決定額は、日本一、二の富豪安田|某《ぼう》の四十分の一であり、渋沢栄一氏の四分の一であつたので憤慨した。実業家など云ふものは、巨万の恒産があつての上の利子的の収入である。恒産があつて、年に一定の収入があれば、私も喜んで納税したい。が、恒産のない、その日ぐらしではなくても、その月ぐらし程度の我々に、実業家の収入に課する税率を課せられるのは、やり切れないと思ふ。安田|何某《なにがし》の四十分の一はおろか、四千分の一の財産も持たない我々の収入だけが四十分の一に評価され、所得税法を適用せられるのは可なり不当だと思ふ。
その上、我々の収入の性質が実業家の収入などとは、全然違つてゐる。あの仕事を経営すれば、毎年|定《き》まつてはいつて来ると云ふのではない。今年は一万円収入があつても、来年は二三千円しかないかも知れない。その上、われ/\の原稿料など云ふものは、頭の中に生えた材木を伐つて売つてゐるやうなものだ。一度伐つたら、後は容易に生えないのだ。いな、一生、生えないかも知れないのだ。ドオデの短篇小説に、「金脳の人の伝説」と云ふのがある。頭の中に、金塊が一杯つまつてゐる人のことを書いたのだ。彼は自分のためや愛人のために、少しづつ頭から金塊を出して使つてゐたが、あんまり愛人の追求が烈しいので、金塊を出し尽くし、頭が空虚になると同時に斃《たふ》れると云ふ話だが、われ/\作家は、みんな「金脳の人」なのだ。頭の中の量のきまつた金塊を、少しづつ小出しにしては生活してゐるのだ。財産家のやうに、打出の小槌を持つてゐるのではない。われ/\の原稿と云ふものは、繰り返しが出来ないのだ。使つたものは無くなつてしまふのだ。学者が一定の講義を毎年やつたり、役者が一つの芸を二三年毎に、繰り返すと云つたやうなわけには行かないのだ。云はゞ、精神的な売り喰ひしてゐるやうなものだ。そんな意味で、われ/\の収入に現在の所得税を課するのは、可なりひどいと思つた。
だから、私はその法の不備に対する抗議の手段として、決して自発的には、納税しない決心をした。私は、税務署の役員が来たとき、所得は決定額より以上あるが、所得税法が不服だから収めない。どうぞ、勝手に差押へをしてくれと云つた。私は、差押へだとすると屹度《きっと》執達吏が来るのかと思つてゐたが、案に相違して、洋服を着たその若い役員は、「ぢや差押へして行きます」と、云つた。そして、差押へ権を証明する名札のやうなものを見せた。私は、さすがに、一寸《ちょっと》緊張した。妻は「何だかこはいわねえ」と、云つて、オド/\してゐたが、この人は、上つて来て、差押へるのでなくて、「何か税金位の金目の品ものはありませんか」と云つた。私は、妻の時計と指輪とを出させた。役員は、差押証書をかいただけで、品物は封印もしないで、私達に預けたまゝで、帰つて行つた。帰るとき、「私は貴君《あなた》の作品を愛読してゐるのですよ」と、云つた。
約束の通、競売の日に通知が来たので、私は女中に金を持たして、入札にやつた。すると女中が帰つて来ての話では、女中がはいつて行くと、其処にゐた税務署の役員達は「やあ! 来た。来た」と笑ひながら、税金だけを取ると、受取の紙をよこしたと云ふのである。それでは、結局私が納税した形式になつたので、これはしくじつたと思つた。
第二期は、到頭差押へに来なかつた。おや、納めなければ納めなくてもいゝのかと思つてゐると、三期分と一緒に差押へに来たのである。向うで、手数を省いたわけである。今度も、同じ時計と指輪とを渡した。その両方とも合せて、二期分の税金額には不足する程のものであつた。役員は、納得して差押へて行つた。妻も馴れたので、今度はこはがらなつた。
競売の通知が来た。今度こそ、ゼヒ落札してやらうと思つた。が、自分で出かけて行くのも馬鹿々々しいので、やつぱり女中をやつた。すると、女中はまた前と同じやうに納税の受取を持つて帰つた。私が咎《とが》めると、「でも何《ど》う
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