していゝか分からないのですもの」と云つた。
 四期分は、税務署の方から、前以つて妥協的に勧誘に来た。だが私は応じなかつた。すると、それに憤慨した故《せい》もあるだらうし、いつもと同じ物品では、此方《こちら》が懲《こ》りないと思つたのだらう。今度は、指輪と時計とを拒絶して、玄関の次の間にあつた箪笥《たんす》と、シンガア・ミシンの機械とを差押へた。私は、その時留守であつた。帰つて見ると、妻は「私一人だと思つて、馬鹿にする。ミシンをお買ひになりましたか、御勉強ですな。それを一つ差押へて行きませうと云ふのですよ」と、憤慨してゐた。
 所が、このシンガア・ミシンは先日シンガア・ミシン会社から、月賦で買つたもので、契約面では所有権はまだ会社にあるのである。妻は、それを知らなかつたのである。私は、今度は入札に行くのも面倒くさなつたので、競売の日にも行かないつもりである。
 が、もう一月《ひとつき》以上にもなるが、税務署からは何の通知もない。あのミシンを、古道具屋でもが競売で買つたとすれば、一体法律上、どう云ふことになるのか、その裡《うち》誰かに訊いて見たいと思つてゐる。



底本:「日本の名随筆 別巻57 喧嘩」作品社
   1995(平成7)年11月25日第1刷発行
底本の親本:「菊池寛全集 第一四巻」中央公論社
   1938(昭和13)年6月
入力:浦山敦子
校正:noriko saito
2008年5月22日作成
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