れだけたのもしいものかも知れない。しかも、自分で自分を殺す代りに、独軍の砲弾なり銃剣なりで死ぬることは、ただ、自殺という見方からいっても、形式を少しく変えるというに過ぎなかった。
 彼はこう思うと、そこに自分の進むべき闊然たる大道が開けているように思われた。彼は心を取り直した。戦いなるかな、自分の罪を償うためにも、最後の愛国的な興奮に副《そ》うためにも、ただ戦いがあるばかりだと思った。
 彼は、そう決心すると、ソファに倒れているリザベッタのそばに近づいて、その冷たい額に軽い名残りの接吻《キッス》を与えた。彼女は、今明らかにダシコフ大尉のものではなかった。得々とした、勝利の感情をもって、死体と同様なリザベッタを見つめながら立っていると、妙な、悪魔的な心が彼の胸に湧いてきた。いかにも、リザベッタはダシコフ大尉のものではなかったが、果して彼女は、自分のものであろうか。ダシコフが、リザベッタと引き離されて、強制的に死の世界に送り込まれたように、自分も強制的に戦場へ送り込まれようとしているのだ。ダシコフの死骸が、リザベッタの所有者ではないように、彼も、彼女の所有者ではなかった。彼らが去れば、すぐ
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