るということは、借家人が、いつの間にか、自分の家が売物に出ているのを知るのと、あまり変ったおどろきではなかった。
 彼らは、タウベが飛んでいる空の下で、平気でアイスコーヒーやソーダ水を飲んでいたのである。
 ワルシャワの衛戍隊《えいじゅたい》であったイワノウィッチの連隊も、戦場へ送られる日を待っていた。彼などはもう三十マイルと離れていない戦場で、敵、味方の照明弾が打ち上げられるのが明らかに見えた。
 イワノウィッチには、急にいろいろな任務が割り当てられ出した。それが妙に夕暮から、夜にかけての仕事が多かった。
 ダシコフの命令を、イワノウィッチは無意識に守っている形であった。リザベッタに会わずに四、五日が過ぎてしまった。
 八月の三日であった。連隊にとうとう出動命令が下った。翌四日をもって、ワルシャワを撤退し、野戦軍と合すべく、ジラルドゥフ停車場方面の戦線へ進出せよというのであった。
 イワノウィッチは、初めて、砲火の洗礼を受くべく、戦いの大渦巻の世に入らねばならなかった。
 彼は、さすがにリザベッタのことが、忘れられなかった。戦場へ出ることは、ある程度まで死を意味していたのだから、彼は
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