初めての薪作務が、なんとなく嬉しかった。彼は僧堂の生活に入って以来、両腕に漲《みなぎ》ってくる力の過剰に苦しんでいた。
杣夫《そま》が伐ってあった生木を、彼は両手に抱えきれぬほどの束にした。二十貫に近い大束を軽々と担ぎ上げた。勾配のかなり激しい坂を、駆けるように下って来た。二十間ばかり勢いよく馳せ下った彼は、先に行く雲水を追い越すわけにもいかないので、速度を緩めた。その男の担いでいる束は、彼の束の三分の一もなかった。が、その男は、その束の下で、あやうげに足を運んでいる。
広い道へ出るまでは、追い越すわけにはいかなかった。彼は、その男について歩いた。見るともう六十に近い老人である。同参の大衆ではなく、役僧であることがすぐ分かった。半町ばかり後からついて行くうちに、彼は老僧の着ている作務衣に気がついた。老僧の作務衣は、その男が在俗の時に着た黒紋付の羽織らしかった。その羽二重らしい生地が、多年の作務に色が褪せて、真っ赤になっている。紋の所だけは、墨で消したと見え、変に黒ずんでいる。惟念はついおかしくなって思わず微笑をもらした。が、ふとその刹那にこの人も元は武士《さむらい》だったなと思った
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