恐ろしい空虚が、彼の心を閉した。すべてが煙のように空《むな》しいことに思われた。千辛万苦のうちに過した十六年の旅が、ばかばかしかった。敵に対する憎悪も、武士の意地も、亡父への孝節も、すべてが白々しい夢のように消えてしまった。
彼は間もなく、浪華に近い曹洞の末寺に入って得度《とくど》した。そこで、一年ばかりの月日を過してから、雲水の旅に出て、越《こし》の御山《みやま》を志して来たのである。
瞋恚《しんい》の念が、洗われた惟念の心には、枯淡な求《もとめ》の道の思いしか残っていなかった。長い長い敵討の旅の生活が、別人の生涯のようにさえ思われはじめた。
その日は、維那《ゆいな》和尚から薪作務《まきさむ》のお触れが出ていた。ほがらかな初夏の太陽が老杉を洩れて、しめっぽい青苔《あおごけ》の道にも明るい日脚が射していた。
百名を越している大衆に、役僧たちも加わった。皆は思い思いの作務衣《さむえ》を着て、裏山へ分け入った。ぼろぼろになった麻衣《あさごろも》を着ているものもいた。袖のない綿衣《わたごろも》を着ている者もあった。雲水たちの顔が変っているように、銘々の作務衣も変っていた。惟念には
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