読する「普勧座禅儀《ふかんざぜんぎ》」を口のうちで説えた。高祖|開闢《かいびゃく》の霊場で、高祖の心血の御作《ぎょさく》たる「座禅儀」を拝誦するありがたさが彼の心身に、ひしひしと浸み渡った。
彼が開枕板《かいちんばん》の鳴るのを合図に、座禅の膝を崩すまで、彼の心は初夏の夜の空のように澄み渡って、一片の妄念さえ痕を止めていなかった。
激しい薪作務の疲れのために、隣単の雲水たちは、函櫃《はこびつ》から蒲団を取り出して、それに包まると、間もなく一斉に寝入ってしまったのだろう。十四間四面の広い僧堂のかしこからもここからも、安らかな鼾《いびき》の声が高くきこえてきた。が、惟念には、昼間の疲れにもかかわらず、眠りはなかなか来なかった。座禅のために澄み切った心が、いつまでもいつまでも続いた。が、子《ね》の刻が近づくと、ついとろとろした。
彼は、夜半何事となくふと目覚めた。宵から、右の肩を下にして続けていたためだろう。右半身が痺れたように痛んだ。彼は、寝返りを打とうとした。が、不思議に彼の身体は動かなかった。彼は目を開いた。彼は、自分の顔の上におぼろげながら、人の顔を見た。聖龕の前の灯明の光しか
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