口惜しさは、とうてい忘れることができませぬ」
新一郎は、万之助の激しい意気に圧倒されて、口が利けなくなった。自分が下手人だと名乗ったら、今までの親しみなどはたちまち消えて、万之助はただちに、自分に向って殺到してくるに違いなかった。
「ごもっともである。それならば、復讐禁止令の御発布にならぬ前に志を遂げられたがよい。だが、山田の顔、吉川の顔はご存じか」と、新一郎はきいた。
「それで難儀でござりまする。二人とも存じませぬ。その上、一人は近衛大尉、一人は警部、二人ともなかなか手出しのできぬ所におります。その上、私の志は両人を一時に討ち取りたい願いなので、ことを運ぶのが容易でござりませぬ」
「なるほど……」そう答えて、新一郎は暗然としてしまった。
新一郎は、名乗って討たれてやろうかと思った。しかし、新一郎は頼母を殺したことを、国家のための止むを得ない殺人だと思っていただけに、名乗って討たれてやるほど、自責を感じていなかった。その上、最近になって、左院副議長江藤新平の知遇を得て、司法少輔に抜擢せられる内約があったし、そうなれば、新日本の民法刑法などの改革に、一働きしたい野心もあった。
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