「吉良上野介様あ!」と、玄関で呼ぶ声がした。
「そらっ!」
 人々が立ち上った。玄関の式台、玄関脇には、士《さむらい》が、小者が、つつましく控えていた。玄関の石の上に置いた黒塗りの駕から上野介が出て、出迎えの人々にかるく一礼して、玄関を上った。人々は、上野の顔色で、上野の機嫌を判断しようとした。
「内匠頭は?」
「只今参上いたします」
 上野は、内匠頭が玄関に出迎えぬので、いよいよ腹立ちと不愉快さとが重なってきた。そして式台を上って、玄関に一足踏み込むと、
「この畳は?」と、下を見た。
「はっ!」
「取換えた畳か?」
「はっ!」
「何故、繧繝縁《うんげんべり》にせぬ?」
 人々は、玄関を上るが早いか、すぐ鋭く咎めた上野介の態度と、その掛りも内匠頭もいないのとで、どう答えていいかわからなかった。
「内匠を呼べ!」
「はい只今!」
「殿上人には、繧繝縁であることは子供でも知っている。この縁と繧繝とでは、いくら金がちがう?」
「玄関だけは、繧繝でなくてもよろしかろうかと……」士の一人が答えかけると、
「だまんなさい! お引き受けした以上、万事作法通りになさい! 出費が惜しいのなら、なぜ手元
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